カテゴリ:所感・雑感( 5 )

 

謹賀新年:2008

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久々に雪の正月になりました。 メールやインターネットで交信できる方には年賀状を送っていませんので、このBlogに代えさせて頂きます。 本年もよろしくお願い致します。 よこ山
yoko山スケッチ

ちりめん細工 季節のつるし飾り―雛祭り・端午・七夕・お正月
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季節の旅人~春・夏・秋・冬~
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by m-yokoyama | 2008-01-02 11:23 | 所感・雑感  

下駄箱の上の小さな画廊

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玄関の下駄箱(今は、靴入れ)の上に100円均一で買ってきたイーゼルを立て絵を飾ると立派な画廊になる自作のサムホール判大のボードに描いたアクリル油彩画ですが、下駄箱画廊としてそれなりに様になっている。インターネットの普及に連れHPやBLOGの作成管理で暇がないが、そのうち絵画の方も再開したいと想うこの頃です。このBLOGは略半年ぶりに更新です。

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by m-yokoyama | 2006-04-29 22:12 | 所感・雑感  

敬虔な生活の再発見

a0010403_22361690.jpgミレーの絵「晩鐘」の中に残るこの素晴らしい光景こそ、現代の不条理な社会へ最良の規範になる。遠くの教会の晩鐘を合図に一日の農作業を終わり、感謝の祈りをする老夫婦、おそらく農機具も無く、農薬も無く環境汚染も無く、闇を照らす照明も無いだけに自然への畏敬の念と恵みを敬虔に受け入れる生活がそこにある。今更この時代に戻すのは時代錯誤であるが、良い面を評価し生活の中に取り戻してゆく行く中に、結果としてQuality of Lifeがあるのではないかと思う。

a0010403_2291230.jpg都会の夜景は一見華やかで夜を忘れさせるものがあるが、限りある資源を競うように消耗していることには間違いない。ここに自然に対する感謝も畏敬の念も見出せない。夜景ばかしではないが休むまもなく、どこかで誰かが、効率とか生産性という古くなりかかった経済概念のとりこになったかのように働いている。働かされている。強制されているかどうかは別にしてより高い報酬を求めて働いていることには大方のところ間違いない。人間の歴史の中で短時間にこれ程変化してしまった。
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by m-yokoyama | 2005-03-11 22:28 | 所感・雑感  

金のたまる人 / 金のたまらぬ人

金のたまる人
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1.感謝の生活をする人
2.収入以下で生活をする人
3.夫婦仲の良い人    
4.金や物を大事にする人 
5.健康に心懸ける人   
6.独立自尊心の強い人  
7.仕事を趣味とする人  
8.一事につらぬく人   
9.常に節約する人    
10.儲けをあてにせぬ人

金のたまらぬ人
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1.常に不平不満を云う人 
2.見栄を張り贅沢する人 
3.夫婦仲の悪い人    
4.物や金を粗末にする人 
5.悪友を持つ人     
6.依頼心の強い人    
7.道楽の多い人     
8.三日坊主の人     
9.常に借金する人    
10.一かく千金の夢を見る人

  狸の商法に学ぶ
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by m-yokoyama | 2004-11-14 09:18 | 所感・雑感  

地球上の人間関係が丸く行くには

a0010403_215842.jpg 「始め と 終わり を決めること」 はビジネスや政治の世界のみならず、多くの宗教の中にもある。山門には「阿吽」の2対の仁王があり、阿(あ)は始め、吽(ん)は終わりを意味し、世の中の全てのことはこの間にある。。。また裏表の関係で「始めなく、終わり無し」ということも有り得る、丁度、「色即是空、空即是色」のように、、、。
それらは一対で一体であり、矛盾しない。
 大きな全体(地球・世界)と小さな個体(個人・集団)、総論と各論、これまたセットになっている。しかしこれらは大概、矛盾と悲劇を生んでしまう。

 大義とは全体の義であるとともに個々の義でもあるはず。しかし個々の義と全体の義は多くの場合すれ違いを生み戦争のような悲劇が生まれる。 「大義なき戦い」「無差別テロ」も偽善と大義に背く最悪で粗暴な暴力以外の何物でもない、この悪の循環からは何も生まれない。憎しみと悲しみを双方に分配するだけである。

 勝つか負けるか、雌雄を決するまで終わらない競走は「始め と 終わり を決めること」が出来るゲームの世界ではありえるが、「始めなく、終わりの無い」歴史的な視野での競争には「共存共栄」という別の価値基準が必要です。 もし「共存共栄」が大義であれば戦いは別の選択になる。。
 それは個々の自立性と、オンリーワン的な誇りと賞賛を、皆が求めるターゲットになる状況を作り出すことが何よりではないかと想う。
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by m-yokoyama | 2004-03-22 22:11 | 所感・雑感