花の競演~花博(浜名湖)

a0010403_22188.jpg花の競演
浜名湖・花博2004
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# by m-yokoyama | 2004-06-15 22:19 | 折々の草木  

小京都の飛騨古川


飛騨古川


 飛騨古川の散策
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# by m-yokoyama | 2004-06-07 21:22 | 旅の便り  

雨、また雨、そのまた雨の雨

a0010403_145418.jpg 雨、また雨、そのまた雨の雨、シェイクスピア風の節回しが出るほど、週末ごとに雨で、新緑の5月が終ってしまいそうです。
 梅雨が早くなったのか? 季節のテンポが速くなったのか? 証拠は無いが異常気象なのか? 人間どもは地球環境に良いことは何もしていない、快適な生活環境を求め、享受しているうちに地球の環境は大規模にどんどん壊れて行く。 熱エネルギーの非可逆性は大自然の原則で、どんどん蓄積する負の遺産はいつまでも先送り出来ないだろう。。。。  ★雨に濡れる花々
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# by m-yokoyama | 2004-05-15 21:45 | 風物詩  

戦争が人類に終止符を打つまで

a0010403_223140.jpg人類は戦争に終止符を打たなければならない。そうでなければ戦争が人類に終止符を打つことになるだろう。 (ジョン・F・ケネディ アメリカの元大統領)
ケネディの時代と変わったことは「ガリバーと小人」の戦争になったことでしょうか、
 写真は日本海に面した福井(三国)臨港の石油タンク、規模は小さいが時節柄安全とは言い切れない。
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# by m-yokoyama | 2004-05-10 22:28 | 災害と環境  

消えてゆくのか?スローポット(電気煮込鍋)とスローライフ


スローポット

 テンポの速い現代社会の変化の中で、もっとゆっくりした生活を取り戻したいという反動かも知れませんが、「ユックリズム」とか「スローライフ」という運動が出て久しくなりました。 その前段には、耐久消費財の買替え促進を意図した陳腐化、矢継ぎ早い新商品開発などがあり、やがて破棄された商品のゴミ処理問題、資源の浪費、環境問題など負の遺産が山と積まれてしまった。

 そして今、誰もが意識する、しないに関わらず、反省(反動)を伴いつつ、これからの新しい生活スタイルを模索しなければという社会的な状況を認識していることは確かです。

 過日、著名な先生からメールを頂き、スローポット(電気煮込み鍋)に関して、今後、見直されよい商品で、推奨したいという熱烈なメッセージを頂き恐縮しています。 「スローライフ」という運動と台所の中の一商品とを結んで、どのように処理されるのか関心を持っています。

 ただ、残念ながら幾つかの理由によって消滅して行く可能性があり、先生の期待とすれ違うことにならないで欲しいと思うだけです。

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# by m-yokoyama | 2004-05-08 11:20 | 生活と文化  

5月(皐月)の空は吹流しの鯉で彩り豊か。。。


こいのぼり
 
 みどり鮮やかな山野、光り輝く水の流れ、菜の花、さつき・つつじなどの色鮮やかな花の帯、小鳥のさえずり、さすがにゴールデンウイーク。。
のんびりと木陰で横になる。至上のひと時です。。。これこそ平和の証。日本は良いですね。。。平和ボケ?政治家の論争バトルはうるさくて、
不毛で空しい。。。挙句の果てにこの平和が、ちょっとしたボタンの掛け違いから、夢と消えないように願いたいものです。。
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# by m-yokoyama | 2004-05-02 21:57 | 風物詩  

地球上の人間関係が丸く行くには

a0010403_215842.jpg 「始め と 終わり を決めること」 はビジネスや政治の世界のみならず、多くの宗教の中にもある。山門には「阿吽」の2対の仁王があり、阿(あ)は始め、吽(ん)は終わりを意味し、世の中の全てのことはこの間にある。。。また裏表の関係で「始めなく、終わり無し」ということも有り得る、丁度、「色即是空、空即是色」のように、、、。
それらは一対で一体であり、矛盾しない。
 大きな全体(地球・世界)と小さな個体(個人・集団)、総論と各論、これまたセットになっている。しかしこれらは大概、矛盾と悲劇を生んでしまう。

 大義とは全体の義であるとともに個々の義でもあるはず。しかし個々の義と全体の義は多くの場合すれ違いを生み戦争のような悲劇が生まれる。 「大義なき戦い」「無差別テロ」も偽善と大義に背く最悪で粗暴な暴力以外の何物でもない、この悪の循環からは何も生まれない。憎しみと悲しみを双方に分配するだけである。

 勝つか負けるか、雌雄を決するまで終わらない競走は「始め と 終わり を決めること」が出来るゲームの世界ではありえるが、「始めなく、終わりの無い」歴史的な視野での競争には「共存共栄」という別の価値基準が必要です。 もし「共存共栄」が大義であれば戦いは別の選択になる。。
 それは個々の自立性と、オンリーワン的な誇りと賞賛を、皆が求めるターゲットになる状況を作り出すことが何よりではないかと想う。
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# by m-yokoyama | 2004-03-22 22:11 | 所感・雑感